生き物としての自覚
森を歩いていると、こんな事を考えた。
人は、「生き物としての自覚」を失うときがあるのではない
か。
なぜだか、ふと、そう思った。
毎日、人間の社会だけで生活していると、人は、自分が
生き物である事を忘れてしまう事があるんじゃないか。
まさか、自分が機械だと思っている人は、いない。
でも、
自分とハエが、同じ生き物だと考える人も少ない。
特別な何者かのように思っているのではないか。
じゃあ、その特別の何者とは、何者か。
何者でもない、ただの生き物だよな。
人は、生き物としての自覚を失ってはいけないと
どこかで思っているんじゃないか。
なんだか、よくわからないけど、気になる。
「生き物としての自覚」は、しばらく頭から離れない
フレーズになった。
平成9年、大阪から名田庄村にIターンして、森林組合に就職。
コメント
Posted by:こーりきー [ 2006年9月 2日 21:04 ]
こーりきーです
私は・・人間が「生き物としての自覚」
を持っているべき、持っていて欲しいときには「ヒト」という表現を使うようにしています。
所詮ヒトはけもの。
怪我をしても生きていけてしまう・・
樹に登ることもできないような醜い肉体・・
衰えてしまった五感、特にバカになってしまった嗅覚・・
もはや
けものの仲間にも入れてもらえない・・・
特別な生命体??
まずいですよね。
Posted by: chichi [ 2006年9月 3日 17:40 ]
こーりきーさん、
コメントおおきにです。
自然体験活動は、生き物としての自覚を
呼び戻す活動だと思います。
そして、人は、どこかで、
生き物としての自覚を
忘れてはいけないと
思っているんだと思います。
自然体験活動を行い、
多くの人々に勧めている私が、
生き物としての自覚を忘れていては、
どうしようもありません。
自然の中での暮らしを、
少しでも実践していきたいものです。
Posted by: とーきみ [ 2006年9月 3日 22:08 ]
今の生物としての僕は
快楽ほしい快楽ほしいで
アリとキリギリスの
キリギリス状態であります
これはまずいと
生物として危機を感じていますが
だらだらしてます